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2017年2月16日 (木)

いじめについて思うこと~実体験

ちょっとバタバタしていて前回から時間が経ってしまいましたが続けます。

いじめに耐える力、もしくは受け流す力を「いじめ耐性」と名付けました。いじめっ子にはいじめることによる「利益」がありますが、いじめ耐性はいじめっ子の利益を減らす力があることをいくつかの例で見てみましょう。

[1. 中学校での私]

私は小学生の終わりに引っ越しをしたため、引っ越し先の地域の中学校に入学しました。その中学校は地元の3つの小学校から進学してくるため、他の皆は小学校時代からの友達がいましたが、私には一人もいませんでした。そのため、入学直後は話をする相手もなく、それが「暗い」ということで、人から避けられていました。グループで何かの活動をする際にもあからさまに嫌がる人がいました。また、唾をかけてくる奴なんかもいました。

私は悪いことなどしていないので、気分は悪いものの、特に反応することもなく粛々と生活をしていました。

しばらくすると、少しずつ私と普通に接する人が増えてきて、仲良く遊ぶようになっていきました。唾をかけてきた奴は逆に孤立していって、最後には私にゴマをするくらいに変わりました。

私のいじめ耐性は「相手にしない」ことでした。はじめのうちは同級生たちは軽い気持ちで私を避けていただけなのでしょう。私が怒ったり泣いたりという反応もないので面白くもありませんから、彼らの利益は大してなかったのでしょう。いじめるより一緒に遊んでいるほうが楽しいということで自然にいじめはなくなりました。その空気が読めずに唾をかけてきた奴は逆に孤立して、私をいじめることが損失になっていることにようやく気付き、取り入ろうとしてきたわけです。

[2. 中学校での妻]

妻は中学校時代、成績が良かったことがあってか、先生たちからは目をかけられていて、生徒会の役員やら学級委員やらを務めたりしていました。一部の不良生徒たちはそれが気に入らないらしく、妻をちょこちょこ呼び出しては罵ったりしていたそうです。

気にせずに他の友達と普通に生活しているうちに不良生徒の攻撃も収まってきたそうです。いじめても面白い反応もなく、かえって自分たちが孤立するだけなので止めたのでしょう。

[3. 中学校での私の同級生]

私の同級生に背が低いアニメオタクで、やたら口が達者な人がいました。確か「カリメロ」というあだ名が付いていたような記憶があります。

その人はからかわれたりすると、ませた口調で口ごたえするので、それを面白がってちょこちょこいじられていました。あまりしつこくからかわれると、その人は先生のところに行って、

「先生、○○君がこんなこと言いました!」

と告げ口して、先生が間を取り持つということが何度となくありました。ある日、同じような状況で先生に告げ口に行ったところ、先生がブチ切れて、他の生徒たちに

「こいつにかまうな!うるさくてしょうがない!!」

と怒鳴りつけました。それ以来からかわれることはなくなりました。

「うるさくてしょうがない」という言い方はどうかと思いますが、先生に何度もめげずに助けを求めたおかげで解決したことは確かです。この人をいじめるのは面白いけど、先生の雷が落ちるのは嫌だという気持ちの変化が起こったわけです。

[4. 小学校での妻の同級生]

妻の同級生の女の子が別の女の子に嫌がらせを受けていたそうです。嫌がらせがあまりにもしつこく堪忍袋の緒が切れて、コンパスで嫌がらせをしていた子の頭を殴ったら嫌がらせはピタッと止んだそうです。

いじめで得られる利益より反撃を受ける不利益のほうが大きいといじめは起こりにくいということでしょう。攻撃は最大の防御なり。

ちなみにコンパスで殴られた子は軽傷だったそうです。

例を挙げたらきりがないのでこの辺にしておきますが、「いじめ耐性」の要素をまとめると、

・受け流す
・助けを求める
・反撃する

となります。例には出てきませんでしたが、

・逃げる

も選択肢になります。もちろん、登校拒否くらいの逃げであって、自殺まで行ってはいけません。

いじめ耐性については随時振り返ります。

Kind Regards,

ブリュレ

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